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新潟在住の宇宙機ファンがH3ロケット試験機2号機の打ち上げを見に行ったお話。
前回はH3ロケット試験機2号機(H3TF2)の機体移動の模様と、種子島各所で撮影したロケット写真を紹介しました。
今回はいよいよ打ち上げ編。
H3TF2の打ち上げ日は2024年2月17日。奇しくもH3ロケット試験機1号機の幻のリフトオフと同じ日になりました。
この1年で多くの人々がH3ロケットについて思いを巡らせたことでしょう。打ち上げ中止の原因や、打ち上げ失敗の悲しみ、再発防止策、H3の今後、そしてH3TF2の打ち上げ。
2024年のこの日。1年前と同じ日、同じ場所にH3ロケットが居る。H3ロケットの打ち上げを実証するために。衛星を宇宙へ送り届けるために。日本の宇宙開発の未来を繋ぐために。
これから行われるのはH3ロケットのRTF(Return To Flight)。
約3000通の応援メッセージが記されたフェアリング
みんなが待ち望んだRTF。
H3ロケットの関係者はもちろん、搭載衛星の関係者や、地元の方々、H3で打ち上げ予定の宇宙機の関係者、宇宙ファン、打ち上げ見学者etc...
今日、H3TF2はみんなの想いを載せて打ち上がる。
みんなの想い、天空へ 打ち上げ当日(2024年2月17日)
夜明けとともに起床し、私はIさんと共に打ち上げ見学場所の長谷展望公園へ移動。
打ち上げ時刻は午前9時22分55秒だ。
6時半に長谷展望公園に到着。射点の見える芝生エリアへ行くと、打ち上げの3時間前ということもあって思いのほか見物人がいた。
暗くて見えづらいが、最前列には三脚がズラリ並んでいる
我々も三脚を立てて明け方のH3ロケットを撮影。
6:44 長谷展望公園から EOS90D 450mm F6.3 1/80s ISO800
第一射点(VABの左側)から打ち上がるH-IIAロケットと違い、H3ロケットは第2射点なので機体の上半分が遮られることなく見られる。良い場所だ。
撮影後、私は宇宙ヶ丘公園にカメラをセットするため、Iさんに場所取りを任せて長谷を離脱する。離脱時間は30分程度。
本来であれば打ち上げ2時間前から見学場所で待機しているべきである、なぜなら打ち上げの2時間前に長谷展望公園を離脱するのは①駐車場の満車の危険がある②打ち上げの心の準備の妨げとなるためあまり褒められたことではないからだ。
だが、宇宙ヶ丘公園からの映像を収めるため、やるしかない。
宇宙ヶ丘公園に到着後、H-IIAF48の時と同様にカメラをセット。
宇宙ヶ丘のテレメータ施設をチラリみると、意外なことにアンテナはロケットの方を向いていなかった。このアンテナはH3の打ち上げには使われないのだろう。とすれば、H-IIAロケットの引退後、このアンテナは解体されるかも…?
さて、早く長谷展望公園に戻らないと駐車場が満車になってしまう。
とはいえせっかくなので宇宙ヶ丘公園からH3ロケットを撮影。これを見た人の打ち上げ見学場所検討の参考になれば幸いだ。
←157mm F8.0 1/500s ISO160 600mm F6.3 1/2000s ISO200→
7:27 宇宙ヶ丘公園から EOS90D
打ち上げ1時間40分前に長谷展望公園へ帰還。幸い駐車場には空きがあり、無事駐車することができた。
ところが、ここから状況は予想外の方向へ進んでゆく。
なんと昨日会ったテント泊の学生さんが「上里にビデオカメラを置きに行きたい」と言ってきたのだ。おいおい、こちとら超焦りながら戻ってきたというのにまた車を出さないといけないのか。上里への往復は15分かかる。最悪の場合駐車場が満車になってしまうぞ。路駐なんて嫌だぞ。勘弁してくれ!
…だが、ビデオカメラを設置したいという気持ちはよく分かる。私自身、カメラを6台持ってきて、ついさっき宇宙ヶ丘公園に1台セットしてきたのだから。
内心行きたくは無かったが、ビデオカメラを設置するだけならそう時間はかかるまい。やむなく学生さんを載せて上里へ。8時に上里の某所に到着するとそこには私と相互フォロワー(X)のOさんが。
Oさん謹製の宇推くりあボード。かわいい!!
そして学生さんはビデオカメラを設置し…OさんのPCに接続し始めた。
ん 、 な に を し て い る ?
どうやらビデオカメラをOさんのPCにつないで映像を配信するつもりのようだ。置くだけじゃないのか…
8:04 上里某所から EOS90D 600mm F6.3 1/1250s ISO100
しかし待つこと5分、10分…作業は一向に終わらず。時刻は8時12分…打ち上げの70分前になった。もう限界だ。急かして長谷へ帰還する。
しかし、時すでに遅し。
私たちを待っていたのは、長谷展望公園「満車」の看板と渋滞であった。
この時、打ち上げ65分前。絶望が思考を埋め尽くし、胸が締め付けられる。本来であればカメラ5台のセッティングで忙しいはずなのに、私は何をやっているのだろう。
もはやできることといえば誘導員の指示通りに車を走らせることだけ。
すると、車が空き地にどんどん入っていく。
どうやら空き地は駐車場のようだ。公園の駐車場が満車の時は臨時駐車場が解放されるのか!
なんとか車を停めることができたものの、しかし長谷展望公園まで1km、学生さんとカメラを抱えて徒歩で向かう。
打ち上げ1時間前になりました。
— やまごん🛰🚄 (@sado_kouta) 2024年2月16日
現在の種子島の天候は晴れ 風は比較的穏やかです。
私は今長谷展望公園の臨時の駐車場から公園に向かって歩いています
息切れしながらIさんの元に帰還したのは打ち上げ50分前のこと。大急ぎでカメラ5台を立ち上げる。
あたりを見回すと、公園後方の屋台に向かって長蛇の列が伸びている。Iさん曰くH3ロケットのクリアファイル・バッジの配布をやっているのだそうだ。誇らしげにクリアファイルを見せてきた。
私も欲しい気持ちもあったが、カメラのセッティングでそれどころではない。
1か月前のH-IIAF48の時は4台のカメラを使ったが、今回は1台増えた。その1台は長谷展望公園の手ごろな場所にセット。残る4台は私のそばで使う。
カメラ群の集合写真
今回のカメラ構成は次の通り。上記の写真に写る機材は1~4だ。
1:超望遠静止画:Canon「EOS 90D」+SIGMA 150-600mm F5-6.3 DG OS HSM Contemporary
2:超望遠動画:Panasonic 4Kビデオカメラ「HC-VX985M」
3:中望遠動画:Canon「EOS Kiss X5」+Canon EF-S 55-250mm
4:広角動画:スマホ
5:広角動画:パノラマカメラ
6:広角動画:パノラマカメラ@宇宙ヶ丘公園
9:02。打ち上げ20分前にやっとセッティングが終わり、射点を撮影できた。打ち上げ前恒例の散水が行われている。
よし、なんとか間に合った。
9:12 公園の仮設スピーカーが打ち上げ10分前の最終GO/NOGO判断が「GO」となったことを告げる。
次いでカウントダウン音声が流れ始めた。
480, 79, 78, 77…
H-IIAロケットの時とは異なる機械音声お姉さんだ。そうだ、私はH3ロケットの打ち上げを撮るのだ。H-IIAではない。ただ私はこの時点でも"打ち上がらないかもしれない"と思っていた。ちょうど1年前がそうだったように、何か異常が起きれば、メインエンジンに点火したとしてもH3はリフトオフしないのだ。
リフトオフの瞬間まで打ち上がるか分からない、そんな不確定要素を撮りに、私はここに来た。
280, 79, 78…
深呼吸をし、H3TF2に向き合う。ようやく落ち着いて精神統一できるようになった。
今日の打ち上げはただの打ち上げではない。H3ロケットのRTFだ。この成功によって、H3ロケットで打ち上げ予定の宇宙機が宇宙への切符を手にすると言っていい。
MMX、ALOS-4、HTV-X、ETS-9。LUPEXに、LiteBIRD。H3に乗る宇宙機たちの名前が脳裏をよぎる。
ETS-9、LUPEX、LiteBIRD
30, 29, 28…
「頼むぜ。」私はシャッターボタンに指を添えた。
2/17 9:22:55 LIFT OFF
9:22 長谷展望公園から EOS90D 421mm F9.0 1/1250s ISO100
9:22 長谷展望公園から EOS90D 421mm F9.0 1/1250s ISO100
H3ロケット、氷解(トリミング画像)
打ち上げ時の振動で機体を覆っていた氷が剥離している。まるでアニメ映画「王立宇宙軍」の打ち上げシーンのようだ。
みんなのH3ロケット、天空へ
9:22 長谷展望公園から EOS90D 238mm F9.0 1/1250s ISO100(画像修正済み)
H3ロケットは上昇を開始。H-IIAよりもゆっくりめに感じたが、動画を見返しても大きな速度差はなかった。
9:23 長谷展望公園から EOS90D 275mm F9.0 1/1250s ISO100
9:23 長谷展望公園から EOS90D 600mm F9.0 1/1250s ISO100
上昇するH3ロケットを撮影していると、ロケットの爆音が聞こえてきた。H-IIAF48よりも音量は控えめだが、「バリバリ」という音はH3の方がハッキリ聞こえた。
光に包まれて
9:23 長谷展望公園から EOS90D 516mm F9.0 1/1250s ISO100
太陽に近づいたのか、H3ロケットの周りが光に包まれた!
まるで現実とは思えない光景だ。後で見返してわかったことだが、H3TF2は太陽の真ん前を突っ切っていた。
太陽を射抜く (スマホ広角動画切り抜き)
さらに上昇するH3TF2。背景を流れる雲が次第に速くなっていく。
とその時、──H3ロケットが虹色に包まれた。
【爆音注意】
— やまごん🛰🚄 (@sado_kouta) 2024年3月11日
H3ロケット試験機2号機の打ち上げに現れた「虹色のオーラ」
夜行雲でもベイパーコーンでもないよね。これは一体…何!?
撮影日時:2024年2月17日9:23
撮影地:種子島 長谷展望公園 pic.twitter.com/dR3LfGyL5G
静止画でも撮影できていた。なんと幻想的な光景であろうか。
その後もH3は飛行を続け、みるみるうちに小さくなっていく。
打ち上げから116秒後のタイミングでSRB3の分離が行われる。無事に分離できるか、緊張の瞬間だ。
「SBR-3分離 2024/2/17 9:24」
SRB3分離キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
お見事!2基のSRB3が整然と分離。白い航跡が分かれるのが見えたのであろう、見物客が「分離した!」「みえる!」と歓声を上げる。
ちなみに写真のトリミング前後はこんな感じ。
←9:24 長谷展望公園から EOS90D 600mm F9.0 1/1250s ISO100 トリミング後→
600mmのレンズでもこの小ささ。
続いて真ん中のコア機体が姿勢を変える「ドッグレッグターン」を撮影。
←SRB-A分離後 ドッグレッグターン後の機体→
10数秒のあいだにロケットはぐいーんと姿勢を変える。
ちなみに「ドッグレッグターン」は必ず行われるものではない。今回は「地球の南北を通る極軌道衛星」の打ち上げなのでドッグレッグターンが行われるが、静止衛星や宇宙ステーション補給機の打ち上げの場合、軌道が異なるためドッグレッグターンは行われない。
また、天気が良くないとドッグレッグターンを見ることはできない。条件が揃った時だけに見られるレアシーンなのだ。
さて、撮るものを撮ったのでカメラを三脚に戻す。H-IIAよりも長い打ち上げだった気がする。撮った写真をスマホに送り、Twitterでみんなに共有。
「H3ロケット試験機2号機 2024/2/17 9:22」(トリミング・修正後)
ロケットの方は第2段の燃焼が開始。あとは衛星分離まで正常にいけばいいが…
打ち上げから何分経ったかは覚えていない。しかしその時は来た。
公園の仮設スピーカーが告げる。「CE-SAT-IE分離」
うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!
その後もH3TF2は飛行中だが、1つ大きな役目を成し遂げたのだ。キヤノンの衛星は宇宙へ行った。H3ロケット試験機2号機は成功したのだ。
もう心の底から叫んだ。「よっしゃー!!」
全身が喜びに震える。1年間のモヤモヤが吹き飛んだ思いだ。
私はぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
・・・
衛星分離後、私はIさんとテント泊の学生さんを連れて宇宙センターへ向かった。彼らは移動発射台を撮影しに行くが、私は別のことをする。…打ち上げ記念アートの作成だ。
2週間かけて描いた推しのイラストと、今日撮れたての打ち上げ写真を組み合わせて一つのアートにするのだ。
もしも打ち上げが見られなかったり、打ち上げが失敗していたら?考えるだけでも恐ろしいが、私は暗澹たる気持ちになっていただろう。そのリスクを覚悟していた分、喜びもひとしおだ。
打ち上げ成功記念アートの作成
お祝いの言葉を記すたびに、心が喜びで満たされるのを感じる。
ああ、なんて幸せなんだろう。
みんなの想いを乗せて──
— やまごん🛰🚄 (@sado_kouta) 2024年2月17日
H3ロケット試験機2号機 打ち上げ成功おめでとう!
最高の打ち上げでした!✌✌#くりあファイル #H3TF2 #H3ロケット試験機2号機 pic.twitter.com/0Gvpo9ge0s
アートを完成させて投稿。ご本人にも見ていただけて、配信でも紹介いただきました!
https://twitter.com/clearusui/status/1758863417455366535
【#H3】#くりあH3 H3ロケット試験機2号機記者会見!#宇推くりあ - YouTube
最高に嬉しかった!!
打ち上げ後も笑顔に過ごすことができて、本当に良かった。
みんな、みんな、おめでとう!!
さて、このあとは打ち上げ後ならではのお楽しみへ。
次回「余韻を楽しもう」